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東京高等裁判所 昭和52年(う)895号 判決

被告人 杉本春夫 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人杉本の弁護人柳沢巳郎、同遠藤雄司および被告人福島の弁護人村瀬章がそれぞれ提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官小野慶造が提出した答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり判断する。

被告人杉本の弁護人柳沢巳郎の控訴趣意一について

所論は、要するに、原判決は被告人杉本に対し、同被告人が原判示第三の日時場所において相被告人福島から覚せい剤粉末約五グラムを有償で譲り受けた事実(原判示第三の事実)と、被告人杉本が原判示第一の二の日時場所において覚せい剤粉末約五・〇三四グラムを所持していた事実(原判示第一の二の事実)を認定し、右がそれぞれ別個の犯罪であるとして処断しているが、本件は、被告人杉本が昭和五一年六月二二日に被告人福島宅において、同人から、覚せい剤粉末約五グラムを譲り受け、これを自宅に持ち帰つたところ、翌六月二三日早朝に捜査当局から自宅を捜索され、その際右覚せい剤を発見押収されたという事案であり、右両事実は、その態様は異るけれども、刑法上の価値判断としては、一個の犯罪行為とみるのが妥当であるのに、これをそれぞれ別個の犯罪が成立するものと認定し、併合罪として処断した原判決には事実を誤認し、法律の解釈適用を誤つた違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原判決が挙示する関係証拠によれば、被告人杉本は、原判示第三のとおり昭和五一年六月二二日相被告人福島宅において同人から覚せい剤粉末約五グラム(一包)を一二万五、〇〇〇円で買い受け、同日これを自宅に持ち帰つたこと、翌六月二三日捜査当局は、被告人杉本方を捜索し、その際同被告人着用のズボン右ポケツト内のオートバイ用修理工具入れの中から、同被告人が前記福島から譲り受けた前記覚せい剤一包およびこれとは別に被告人杉本が他から入手した覚せい剤三包合計四包(合計約五・〇三四グラム)を発見し、これを押収したことが認められ、右のような被告人杉本が福島から覚せい剤を譲り受けてからこれが捜査当局によつて発見押収されるに至るまでの時間の経過、所持の態様の変化、場所的移動、および被告人杉本が福島から譲り受けたものとは別の覚せい剤をも一緒に所持していた事実を合わせ考慮すると、原判示第一の二の同被告人の覚せい剤の所持は、同第三の覚せい剤譲り受けの罪に当然に随伴する行為と評価することはできず、右譲り受け罪とは別個に、覚せい剤の所持罪を構成するものと解するのが相当であるから原判決には所論のような事実誤認や法令の解釈・適用の誤りは存しない。本件記録を精査しても右認定を左右するに足りる証拠はない。論旨は理由がない。

弁護人柳沢巳郎の控訴趣意二、同遠藤雄司、同村瀬章の控訴趣意について

所論はいずれも量刑不当の主張であつて、各犯情を考慮し、被告人両名に対しては、刑の執行を猶予されたい、というのである。

そこで、記録を精査し、被告人福島については、当審における事実取調の結果をも参酌して検討する。

(一)  被告人杉本について、同被告人に対する事実関係は、同被告人が昭和五〇年二月二六日ころ他から覚せい剤粉末約〇・八グラムを有償で譲り受け(原判示第一の一の事実)、同五一年六月二二日ころ相被告人福島から覚せい剤粉末約五グラムを有償で譲り受け(同第三の事実)、同月二三日ころ覚せい剤粉末約五・〇三四グラムを所持した(同第一の二の事実)というのであつて、関係証拠によれば、被告人杉本は、昭和四九年五月ごろから知り合いの暴力団員から教えられて覚せい剤を常用するようになり、同五〇年一〇月一五日には覚せい剤取締法違反の罪で、懲役三月、二年間執行猶予の判決を受けたのに、その後も覚せい剤の取引、自己使用を続け、本件で捜索を受けた際には、合計五グラムをこえる少なからぬ量の覚せい剤粉末を身につけていた事実が認められ、右事実によれば同被告人の覚せい剤に親しむ傾向は根深いものがあり、その他同被告人には前記の前科のほかに、古い前科は別としても、昭和四四年七月以降同四八年四月までの間に賭博等の罪による罰金刑の前科が五件あること、本件各犯行の罪質等の諸点を考えると、同被告人の犯情はよくなく、同被告人の原判示第一の一の罪は前記前科の判決前に犯したものであつて、いわゆる余罪であること、同被告人の家業および家庭の状況、反省悔悟の情等所論指摘の諸事情を同被告人のために十分斟酌しても、本件が同被告人に対し再度刑の執行を猶予すべき事案であるとはとうてい認められないことはもとより、同被告人に対し原判示第一の一の罪につき懲役二月を、その余の罪につき懲役一年の各実刑を科した原判決の量刑も相当であつて、これが重過ぎて不当であるとはいえない。

(二)  被告人福島について、同被告人に対する事実関係は、同被告人が昭和五一年七月二二日ころ相被告人杉本に対し覚せい剤粉末約五グラムを有償で譲渡し(原判示第二の事実)、同年七月二一日ころ覚せい剤粉末約六・五七六グラムを所持した(同第四の事実)というのであつて、関係証拠によれば、被告人福島は、原審相被告人小菅こと呉在善より、同人の郷里の韓国から大量の覚せい剤を入手し、これを売却して儲けようという話をもちかけられ、その購入資金を呉に提供し、自らも韓国に出かけるなどしたうえ、呉が入手した覚せい剤を土産品の中に隠して日本国内に持ち込み、その一部一〇グラム余を呉から受取り、そのうち約五グラムを相被告人杉本に売却し、残りを自ら所持していたことが認められ、犯行の動機は極めて悪質であり、取り扱つた覚せい剤の量も少なくなく、これらと本件各犯行の罪質等の諸点を合わせ考慮すると、被告人福島の罪責は軽視を許されないものがあるから、同被告人には覚せい剤の自己使用の性癖は認められないこと、同被告人は本件で経済的利益を得るまでには至つていないこと、同被告人には道路交通法違反等の罪による罰金や科料の前科があるほかには、前科、前歴がないこと、同被告人の家庭の状況、反省悔悟の情等所論指摘の諸事情を十分斟酌しても、本件が執行猶予相当の事案であるとはとうてい認められないことはもとより、同被告人に対し懲役一年の実刑を科した原判決の量刑も相当であつて、これが重過ぎて不当であるとはいえない。

以上の次第であるから論旨はすべて理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松正富 千葉和郎 鈴木勝利)

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